恵比寿大黒屋日記

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zoom RSS 光・身体・闇

<<   作成日時 : 2010/01/15 22:46   >>

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そして多様性

昨夜の谷本仰さんとのダイアローグス・イン・ザ・ダーク@KOBA。
この手のライヴには珍しく、開演前からすでに店内お客さんでみっしり。
ひゃ〜、ありがたい。
企画の湯浅さんから、今回のライヴのコンセプトとして
上関原発の問題や、チェルノブイリ事故の今なお残る深刻な傷跡を下敷きに
「光・身体・闇」という提示がされていた。
自分なりに30分程度のパフォーマンスのコンセプトを谷本さんに提案。
細かい打ち合わせやリハは無く
お互いいろいろ考えたりイメージしたりしてきたものを
当日本番10分前に話し合って、じゃあ今日はこういう流れで、と
おおまかに決めてSTART。
前半は谷本ソロを中心に、間で1曲即興で踊る。
これは打ち合わせ無しの完全即興だったので
ちょっと手探りな感じもありつつ、谷本さんの音とのダイアローグ。
後半に予定の少し作品的に作ったパフォーマンスは
視界が効かないコスチュームということがあり
予想以上にお客さんが入って、踊るスペースも限られているので
そのあたりの空間の感覚をつかみながら
即興で繰り出される音との戯れ。
前半最後は、谷本さんとの初共演のときに生まれた曲「シゴ」で締められる。
後半、コンセプトをもとにイメージしたパフォーマンス。
不穏なノイズが静かにうなりをあげる中
白いシーツをかぶって階段から下りていく。
どう見えているか客観的にに自分で見ることができないけれど
昔アニメでやってた「アルプスの少女ハイジ」で
クララの家で夢遊病になって夜な夜な徘徊するハイジの絵ヅラがアタマに浮かぶ(笑)。
白いもやもやした形容しがたいナニカのうごめきに
会場から少し笑いがもれる。
しかし、パフォーマンスが進むにつれて
これは「笑えない」テーマなのだと感じ始めたのか
だんだんと静まってくる客席。
後で谷本さんとも話したんだけど
自分の理解できないものと直面すると
人間はおうおうにしてそれを笑い飛ばそうとする。
でもそれは決して純粋に「可笑しい」のではなく
ブキミなものの出現を「これは恐れるようなものではないのだ」と
自分に言い聞かせようとする「恐怖の裏返し」であることがしばしばある。
シーツを被ったままの踊り
やがてシーツの中から赤いスプレーでにこちゃんマークのような顔を描く。
さらに太陽マークのような四方に伸びる線を、さらに、その上からランダムに赤い斑点。
そのまま包帯でシーツの上からぐるぐる巻きにされていく。
ここから次のシークエンスへ。
身体を包み込んでいた包帯とシーツをゆっくり脱皮するようにはぎとる。
全身黒づくめ、アタマにも黒い面をかぶって姿を現す。
はぎとったシーツと包帯を黒いシャツの下、お腹のところに詰める。
黒い妊婦の踊り。
今回のコンセプトは「光と闇」だったけれど
これは「光=善・闇=悪」の二元論ではない。
たとえば、「核分裂」という科学の進歩がもたらす原子力発電という「光」
しかし、その光は核兵器や甚大な放射能汚染をともなう事故
解決しない核廃棄物の処理問題などの深刻な問題をはらんでいる。
「文明化」の中でこの世のあらゆるものが光の中にさらけださることは
「便利」な一方で、目に見えない過剰なストレスにもなっていく。
そのとき、「野蛮」で「悪」であったはずの「闇」が
言いしれぬ安らぎを与えてくれることもある。
光を表す白い色は、同時に、白装束に見られるように死者の色でもある。
白いシーツを被ってのパフォーマンスは
湯浅さんから提示されたコンセプトの中にあった
原発事故で遺伝子を損傷し、新たな皮膚細胞を作り出せなくなり
全身にガーゼを巻いて横たえられる被爆作業員や
チェルノブイリ事故によって高濃度の放射能を帯びてしまったため
死体そのものが「放射性廃棄物」となって
今も厚いコンクリートの上に埋葬されている死者
のことが重ね合わされていたのだが
真っ白いシーツの色は、登場の際に少し笑いが起こったくらいに
悲惨さとはかけはなれて生き生きとまぶしいのだ。
だからニコリと笑ってみた。
微笑みたかった。
あの死者も、この死者も、きっと、笑いたかったし
生前はにこやかに笑ったことも幾度もあっただろう。
その生を死は飲み込んで、微笑みは血のにじみに転ずる。
そのような死が、この世界にはいたるところに転がっている。
その次に、死の衣装を孕み込んで、黒い妊婦が踊る。
谷本さんの演奏は、賛美歌に。
先日、谷本さんが黒田征太郎さんと共演したときに
この曲を演奏したときのことを聞いていたので、構想するときにそのイメージはアタマにあった。
谷本さんも私のコンセプトを聞いて、すぐ、その曲を、と。

久しく待ちにし 主よとく来たりて
み民の縄目を 解き放ちたまえ
主よ主よ み民を救わせたまえや

黒い妊婦、全身闇の色に包まれたそれは、不気味だ。
邪悪な存在かも知れない。
不吉な存在かも知れない。
それでも、それが一個の生である限り
新たな生命を宿してしまう。
果たして生まれ来る生命もまた、不気味で、邪悪で、不吉な存在なのだろうか。
黒い妊婦もまた、自らが孕んだ新しい生命に言いしれぬ不安を抱く。
それでもなお、自身が孕んだ新しい命は愛おしく、狂おしい。
そもそも、不気味で、邪悪で、不吉な黒い妊婦は
果たしてそれ自体が存在として「悪」なのであろうか?

「罪の女」マグダラのマリア
あるいは、ヨハネによる福音書
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」

最後に、その黒い衣装と面を脱ぎ去ると、ワンピースを着た女性の姿に。
脱ぎ捨てた白いシーツと黒い衣装を包帯で巻いた塊を抱く。
当初、それを、生み出された生命にみたてるつもりがあったわけではない。
漠然とイメージしていたのは
白と黒、善悪が渾然と混じり合ったナニカ=セカイ?
を、その重く、不可解で、不安なナニカを
背負って静かに歩み去っていくひとりの人間、といったものであったのだが
何故か咄嗟に、その塊を、子どもをあやすように頭上に放り上げていた。
一度、二度、三度、、、
高く、より高く。
KOBAの高い天井が誘った行為でもあったかもしれないが
それはやはり、生まれ出た新しい命となった。
しかし、その異様な塊は、あるいは死児であったかも
あるいは「社会」から歓迎されない生命であったかもしれない。
それでも、その女は、臆することなく、そのナニカを頭上に掲げて
上を向いて歩いていくのだ。
谷本さんの演奏は、「新しい天使」のときにできた曲、「もうひとつの地球」。
いつ聴いても、深い深い淵のそこに突き落とされるような
それでいて、その深淵から必死に立ち上がろうとするような
何とも言えない凄みのある曲。
幾重にも幾重にも、思いとイメージが折り重なって増幅していく。

あんまり、自分のパフォーマンスを解説するのは好きではないし
ひとつひとつの動きや衣装に、限定された意味を持たせているわけではいないので
見た人はそれぞれまた別の印象を持っただろうし
自分自身、自分がお客さんからどのように見えているか完全に客観的に把握もできないんですが
今回は、そんなことを考えたり思ったりしながらパフォーマンスしていました。

アンコール。
谷本さんいわく「あのまま終わったら、お客さん陰々滅々としたものを抱えて帰らないかんやん」
ということで、求めも待たずに。
そら、そうやね。
緑の衣装に着替える。
「チェルノブイリの森」のことがアタマにあって
アンコールがあったら、再生したにがよもぎの森
未だに高濃度の放射能を帯びたまま
植物が再生し、野生生物の楽園となっている森を踊ろうと思っていた。
谷本さんの演奏は未だ仮題のままの「雨の歌」。
ポップでせつなくてどこか懐かしくて、みんなが大好きな曲。
雨の中を、その忌まわしい場所で、ふてぶてしくも
伸び伸びと生き延びる野生の森。

谷本さんの演奏はもちろんのことながら
なんやわけわからん私の踊りも喜んでくださって、なんともありがたいねえ。
こんな、はっきり言ってアングラとしか言いようのないパフォーマンスを
40人ものお客さんが喜んでくださるなんて。
こんなグウタラで無知でおまけに虚弱体質で
いつもなんだか中途半端ですんまへ〜ん、と思ってる私のようなモノを
応援してくださるみなさん、支えてくださる皆さん
私なんぞ足下にも及ばないすごいアーティストとも共演しているにもかかわらず
いつも私との共演を大切にしてくださる谷本さん
そして、この場を企画して、私に声をかけてくださった湯浅さん
みなさんみなさん、ありがとうございました。

さてさて、今度はぼつぼつ、単独旅行舎でもなんぞやらねば。

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