恵比寿大黒屋日記

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<<   作成日時 : 2010/04/30 23:45   >>

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という名前のライヴ

に行って来た。
しょっぱな段ボールで覆ったテントの中で
女装の男子と頭にリカちゃん人形みたいのを山ほどつけた女子の
「痛い」系ノイズから始まって
(男子のドラムは普通に上手だったが
ギター振り回してのたうちまわるのは
無理に「痛い」風を演じているように感じて感心しなかった)
総じて轟音ノイズ系バンドが次々と。
最初の「痛い」系含めて
まあ、そんなに嫌な感じもしなかったしそれなりに面白くもあったのだが
正直そう気分のいいものでもなかった。
なんでかなあ、と思いながら聴いてたんだけど、、、。
どこかしら内向きな気がしたからかなあ。
「痛い」系のエキセントリックさも含め
一見攻撃的な轟音ノイズなんだけど
全然外に向かって発散してくる「気」のようなものが感じられないんだな。
出演していた友人と、彼の出番の後で少し話しをした。
彼はもともと特に轟音系でもなくて
ソロの時はむしろかなり繊細な演奏を聴かせてくれる方だし
彼のバンドも今日の出演者の中では一番「音楽的」な演奏をしていたので
「なんか、最初はここに混じったら嫌かな〜と思った」そうだが
「以外と楽しいっていうか、なんか癒されちゃうんですよね〜」
と言うのが、これもよくわかる。
轟音ノイズなんだけど、これ、「癒し」なんだよ。
そこには「挑発」とか「怒り」とか「痛み」とか無いんだ。
「痛い」系も轟音も、どうしようもなくそうでしか表現できない衝動みたいなものが
あんまり感じられなくて、あくまでひとつのスタイルとしてそれをチョイスしただけ。
そんな風に感じられるのだ。
「安心・安全」を保証された「非日常」、つまり娯楽。
レトロ+おどろおどろしい、風な会場のデコレーションも
どこか雑多で思いつきの域を出ないようなあやふやさがあって
なんだか軽くて刹那的なのだ。
別にただそれが悪いとも思わないけれど
刹那的な切なさ(刹那さ)さえも無いんだよね。
で、彼に言った。
「癒される、っていう感じはよくわかる。
でも、癒されたらそれってそこでおしまいじゃん。
癒されちゃったらその先は別に無くたっていいんで
どこにも広がっていかない、『震源地』にはならんよね」

若い奴らが癒されて満足しててどうするよ。
というか、どんだけ癒されなきゃいけないほど普段窮屈に生きてんだ。
なんでその窮屈なシステムに「NO」を、「NOIZE」をつきつけないんだ?

傷つきたくない、から?

ちょうど今日、友人がたちあげようとしている演劇祭の企画書を送ってもらった。
そこにはこう書かれている。
「「海峡の記憶」のうち、戦争の哀しい時間は、長い歴史の中ではほんの一時の存在かもしれません。
 しかしそれは「悲しいから/つらいから/心が痛むから」といって、忘れてしまってはならない記憶なのだと思います。つらいことほど、二度と繰り返さないために、「あのことは確かに悲しかった」と、誰かと確かめ合うことが必要です。」

「癒される」より、こういう言葉を私は信用したい。

「ばーか。傷は傷のまま残しておけ、って言ったんだよ」

以前私たちが演じたお芝居のセリフにも、そんな言葉がありましたっけ。
安易に癒されてしまったら
癒されて忘れ去られてしまった「傷」は
無かったことにされてしまう記憶は
果たして無くても良いもの
ただ、「あってはならなかった」だけのもの、なのだろうか。
傷つくことは、ただ生きていくことにとってマイナスなだけなのか。
そうじゃないだろ。

まあ、ゲストのドラビデオは面白かったからよしとするか。
しかし、、、
なにしろ40歳過ぎるとオールスタンディングで終始轟音ノイズ系を3時間以上は
ちょっとしんどいわ。
仕事帰りだったし^^;
まだ耳がジーンとしてる。

***

 ・・・だのに、このような私たち自身のあり方、国の根幹にも関わる足下の火種に目もくれないで、
 ただいま遠いNYの蜃気楼へと群がっているという何千人もの核廃絶を求める日本人たち・・・。
 それが決して無意味だとは申しませんが、しかしオバマさんに幻想をいだくより、
 そのパワーとお金を沖縄の人たちと国会議事堂を取り囲むほうに費やしてはいかが

(藤永茂BLOG「私の闇の奥
4/25付 「[号外]池辺幸恵さんからのメッセージ」より引用)

NPTだ、オバマの核軍縮だと浮かれている人がよく理解できない。
「核不拡散」はあくまで「不拡散」であって
それはこの世界から核兵器を無くすためというより
すでに核兵器を保持している大国が
その核兵器の脅しによる支配を半永久化するということでしかない。
そんな簡単なカラクリにどうして気がつかないのかさっぱりわからない。
沖縄に連帯することができないヒロシマに
核廃絶などできるはずがないと思うのだよ、AKB市長。
フラワーフェスティバルとかやってる場合じゃないだろうよ。
平和大通りにはすでにずらっとテントが並んで
フェスティバルの用意が整いつつある。
それを横目で見ながら、幅の広い平和大通りを
あらためて「これは軍事道路だよなぁ」と思いつつ眺める。
平和大通りは原爆投下後に、平和を願って計画されたわけではない。
戦時中に空襲にあった際の延焼防止として
(というのはタテマエで、軍事道路だと思うが)
すでに計画されていたものだ。
沿道の家屋の取り壊し作業に出ていて被爆した人たちが多数いる。
「平和」という名前をつけて「消し去られた記憶」のひとつ。
この広い道路なら、戦車も悠々通れるだろう。
いざとなったら滑走路にも使えるだろう。
浮かれた薄っぺらい祭りの向こうに
列をなして戦車が通り過ぎていく幻想が目に浮かぶ。
数日後にはこの通りを
歴史も何もない軽薄な山車がぞろぞろとパレードし
それの何が楽しいやら
日本中から観光客が繰り出してくるのだ。

フラワーフェスティバル開催中は
うっとおしいやら恥ずかしいやらで
本当にこの町から逃げ出したくて仕方なくなる。

***

明日はアビエルトでトリオ・ロス・ファンダンゴス。
楽しく、かっこいい、でも、これって決して「癒し」じゃない。
聴く私は彼らに挑まれている。
挑みかかられるからこそ、よし、とそれに応えようとする元気が沸いてくる。
「痛み」は「痛み」として抱え持っているからこそ
そこに希望の花は咲くのだ。

アビエルトは今、ちょうどエントランスが花満開。
18時開演ですが
早めに来てゆったり花に囲まれて過ごすのもいいですよ。

「タンゴの節句」ツアー in 広島
カフェ・テアトロ・アビエルトにて
(JR可部線上八木駅すぐそば)
本場アルゼンチンでも活躍するケンジ&リリアナのダンスも堪能できる
素晴らしいステージです。
17時半開場 18時開演 
前売3500円 当日4000円 です。

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