恵比寿大黒屋日記

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zoom RSS 双調、相乗、騒擾

<<   作成日時 : 2010/09/05 02:52   >>

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witterやり出してBLOG更新が休み休みになりがちです。

ツウィートをそのままBLOGに同時にあげるようにも
設定できるようですが
字数制限とかのこともありますし
基本的には別のツールと思っていますんで
まあ、BLOGはこんな感じで週に1,2回の更新ということになるのかな。
そのうちTwitterに飽きるかもしれないけど。
MIXIはなんとなく性に合わないのでやってません。

さて、この1週間。
8/29は門司にてドグラマグラ×後藤幸浩(琵琶)×山崎箜山(尺八)

 広島から門司、小倉まで、鈍行で約4時間半。もともと鈍行移動は好きなので時間さえ確保できれば、安くて手頃な小旅行です。ま、新幹線なら1時間かからないわけで、そういう意味ではご近所。時間だけで言えば広島県北地域よりずっとご近所だったりするわけです。新幹線が0時台にもあれば、ホント日帰りで気軽に行き来できるんだけど、小倉からの新幹線上り最終が10時台なので、ライヴ会場が駅から少し離れていたり時間帯が遅めのライヴだと厳しい。無理に最終に間に合わせようとすると最後までいられなかったり。そういや前にDさんとSOAPから走ったなあ、最終こだまギリギリセーフ。知り合いのライヴなら、ライヴ後に話の一つもして、できればちょいと一杯やって帰りたいところ。うーん、なんとかならんか、JRさん。夜行列車も復活して欲しい。でも、昔ほど利用者ないから採算採れんのだろうな。
 というわけで、門司。ライヴの開始が20時だし、途中で抜けるなんてもったいないことはできそうにないメンツ。泊まって朝イチ新幹線で広島戻って職場直行だな、これは、と心定めて、門司赤煉瓦プレイスにある「Fu.」へ。
 横浜の赤レンガ倉庫は大規模に資本が入ってるみたいなんでアレだが、ここはあんまり商業主義的になってないんで落ち着く。ただ、周りがだんだんマンションや郊外型の店舗が増えてきてるようで、風景としては壊れてきてるのが寂しい。以前はここから門司駅のホームが丸見えだったのもいい感じだったんだけど。それでも、主にアートスペースとして成り立ってるたたずまいが羨ましい。
 広島の我が家の近所には被爆建物でもある旧被服廠の煉瓦造りの巨大な施設があって、戦後は運送会社の倉庫や広島大学の学生寮として利用されていたものの、現在はもうずっと閉鎖されたまま。老朽化して危険だというけれど、一部だけでもどうにか修復して利用する手だては無いもんなのか。歴史的にも貴重な建物が、ただ荒れるに任せて放置してあるというのはもったいない。「国際平和文化都市」の名が泣く、というか、その呼び名が有名無実であることの証左、とまで言ったら言い過ぎか。 多分広島市のお役人さんにとっての「国際・平和・文化」ってのは「平和記念式典」と「フラワーフェスティバル」的なものでしかないのでしょうねえ。

ま、それはそれとして。
早めに会場に着いたので、開場まで門司の町でも散策しようかなあ、と思ったら
ちょうどドグラのメンバーも会場入りしたところだったので
流れでそのままリハを聴かせてもらって、リハ後に隣のブリックホールの外に出てた屋台でビール。
リハ中、後藤さんが入って琵琶を弾き出したら雷まじりの夕立が来て
リハが終わるとやんでしまった。
場所が場所だけに琵琶の音に曳かれて壇ノ浦の死者たちが聴きに来たんかしら。

そうそう、琵琶の後藤さんが入るということで
きっと平家物語もやるんじゃないかと思い
広島駅の売店にちょうど文庫本の橋本治「双調 平家物語」16巻があったので購入し
行きの車中で読んだのだった。
読み始めてすぐ、木曾義仲の挙兵という場面、、、ん?
「16巻にしては進行が遅すぎないか?」
と後ろの方を繰ってあとがき見たら
なんと「平家物語」というタイトルながら
飛鳥時代から書き起こしてある。
ひえ〜。
本来の平家物語にあたる部分は最後の15・16巻だけ。
いわく、平家を理解するにはどうしても古代天皇制と貴族政治の成り立ちを押さえる必要があった、
って、確かにそうだ。
しかし、それをほんとうに一つの作品として書きあげるというのは凄い。
最終巻である16巻しか読んでないんだが
現代人とは違う政治の枠組みの中で生きていた人びとの立場に立っての心理が
かなりリアルに伝わってくるし、またそれは根本は現代人の心理とかけはなれたものではない。
そして今も昔も、権力争いは醜く、また同時にそれでも追い求めてしまうロマンであり
醒めてみれば諸行無常、でしかない。
そこらへんがうまく描けていて面白く、没入してしまった。
1巻から全部読みたい衝動が。

なもんで、楽しみにしていた後藤さんの琵琶。
初めて間近でちゃんと琵琶という楽器を見たが
弦を「沈み込ませて」音程を変える独特のフレット(でいいのかな)に新鮮な驚き。
美しいフォルム。
音は、この楽器がインド・中近東方面から伝わってきたものであることを
あらためて強く感じた。
でもって、やっぱり音色が「怖い」^^;
死者の物語をする楽器だもんねえ。

で、この琵琶が、プログレでジャズでファンクでパンクなドグラとマッチするのか?
、、、するんだな、これが。
もともと後藤さんロックギターから音楽に入ったそうで
いまでも大のフランク・ザッパ好きだとか。
言われて初めて気がついたんだけど、渋さ知らズでも弾いてらしたのね。
「渋祭」にクレジットがあった。
この日が初めての共演とは思えないくらいドグラとからみあって非常に面白いことに。
んで、最後は「平家物語」壇ノ浦の平家滅亡の段。
私も飛び入りで踊らしていただきました。
「平家物語」読みながら来たので入り込みやすかった^^;

夜は例によって小倉の谷本さんとこの教会に泊めていただいて
朝イチの新幹線で広島に戻って職場に直行。

***

月〜木と平日の憂鬱なオシゴトをこなして、さあ、金曜日。
この日は9/17のEL FUELLE×トリオ・ロス・ファンダンゴスの
広島・アビエルトでのライヴの宣伝に
谷本さんが広島FMに出演。
広島FMは我が家のすぐ近所なので
一旦うちに来てもらって、1時すぎからのマイクチェックに同行するため
12時で仕事は上がって、、、
ということは職場には言ってあったのだが、どうしても済まさなければいけない業務が入って
帰宅が2時ころに。
谷本さんをFMへはDさんに案内して行ってもらう。
なんとか2時すぎからの本番には間に合ったので
自宅で放送を聴く。
パーソナリティの女の子が序盤カミカミになってアタフタ。
自分より圧倒的にしゃべくりのうまいゲストを前に
調子が狂って慌てたんかしら(笑)。

絵描きの栗九里子と、近所の三味線弾き・のすけくんもうちに遊びに来て
夕方までゆったりしゃべったり昼寝したり。
10/23・24の海峡演劇祭で上演するパフォーマンス
谷本・大槻ユニット「Dialogues in the Dark」のきかっけを作った方でもある
市立大の湯浅さんも来られて、湯浅さんの車でkobaへ。

kobaでの投げ銭ソロライヴ
「ラジオを聴いて来ました」、という女性客が3人も。
つい5時間前の放送というのに、FMってなかなか宣伝力あるんだなあ。
前半はソロで1曲目エレキ・バイオリンで即興
2曲目はラジオを聴いて「タンゴの演奏」と思って来られた方のために
アコースティックで「首の差で」「ラ・クンパルシータ」
そのまま前半はアコースティックでもう1曲。
後半はソロで「雨の歌」の後、梶山シュウさんを迎えてのセッション。
この組み合わせを、ここんとこずーっと実現させたかったのがやっと叶う。
「踊りに出てもいい」と言われてたけど
それどこじゃなかったなあ。
絶対にこのふたりなら面白いと思ってはいたけど
予想を軽く上回るとてつもない化学反応。
一応、お互いの演奏は聴いたことがあるとはいえ
リハも無しで初めてのセッションなのに
「完全即興でやります。じゃあ行きましょか」と手探りも何もなくいきなり音を出し始める谷本さんに
即座にシュウさん反応して、もう最初からなんの不安も感じさせないトップギア。
そのままものすごいテンションとスピード、グルーヴを保ったまま3曲。
たまたま来ていたオーストラリア人のお客さんも「こんなの見たこと無い」と大興奮。
演奏者からの煽りも一切無いのに、自然と客席からどんどん声が飛んできて
会場が一体になってうねる、叫ぶ。
そうだよ、こういうのが聴きたかったんだよ!
こういう場所と時間を作りたかったんだよ!
(最初から「踊りたい」客を相手のライヴで、客が踊ってるのとか
好きなアーティストが目の前で生で演奏してる、というだけで客が興奮してる
とかいうんじゃなく
もちろん、ノッてもいない客に「みんなノッてる? 元気ないぜ!」とか言って
無理矢理煽るのも論外で
純粋に演奏そのものが客を飲み込んでいくようなライヴっちゅうのは
なかなか出会えないもんねえ)
お客さんも結構一杯入って踊りに出るスペースがあまり無かったのもあるが
もう今夜は客として誰よりも楽しみたいという気持ち。
客として踊って叫んで、聴き入って、堪能しまくりました、はい。
「今、ここ」が最大限に凝縮された贅沢な時間。

谷本さん、シュウさんもすごく楽しかったようで
これはユニットとしてきっとこれからも続きますよ、うひひ。
ほかにも引き合わせたいなと思っていた人がお客さんでたくさん来てたので
お客さん同士や、お客さんと谷本さんもいろいろ引き合わせられて、これもよかった。

このふたりのセッションがついに聴ける!、という興奮で舞い上がってまして
ビデオ撮影の手配をしとらんかったんで
この貴重なファーストコンタクトが記録に残らなかったのは心残りでもあり
でも、ライヴはライヴ、記録は記録。
この日そこにいた人だけが体験できた「事件」、それでいいんだとも思う。
ビデオカメラのアングルやテープの残量とか気にしながら聴くのはもったいないわい。

***

明けて翌日、日付変わって昨日の土曜は
朝、うちに泊まった谷本さんを送り出した後、歯医者。
田名埠頭での上関原発反対集会も様子を見に行きたかったが
飲み過ぎ寝不足で歯医者から戻って轟沈。
夕方、ひろしま女性学研究所でシャリバリ地下大学。
課題図書は先月に引き続き、ソレルの「暴力論」。
結局また途中までしか読めずに参加。
でも、ガクチョーの素晴らしいレジメをもとに楽しい議論(と、ときおり脱線して雑談^^;)。
支配する側(その手先になる者含む)による「暴力=フォルス」と
支配される側の「そんなもん従いたくねえ」という抵抗の「暴力=ヴィオランス」。
まさに上関原発建設をめぐっての
中電および金に釣られた推進派と
「原発なんかいらない。ここで今まで通りに暮らさせろ」という祝島島民の
「フォルス」と「ヴィオランス」の対峙。
祝島島民と連帯して反対行動をとっているシーカヤッカーたちが
「工事を妨害している」として訴えられている。
推進派から言わせれば、それは埋め立てる「権利」を侵害する「暴力」だという論理だ。
祝島島民からしたら、「そんなものいらん」とずっと訴えているのに
目の前の対岸に原発が建てられ、彼らの暮らしを支えている漁場が破壊されようとしている。
島民からしたら、当然これは理不尽な「暴力」である。
法的な手続きがどうの選挙結果がどうの
あるいはCO2がどうの石油はそのうち枯渇するだのと推進派は正当性を振りかざすが
そんなものは祝島島民には何の関わりもない一方的な論理であり
物量にモノを言わせた暴力=フォルスである。
日本語では同じ「暴力」という言葉で言い表されてしまうが
まるで違うものだ。
そして、過去の多くの「運動」や「革命」がそうであったように
抵抗のヴィオランスは、いつの間にか変質し
「勝ち取った権利を守るため」と称して支配と権力争いのフォルスにすり替わっていく危険性を孕んでいる。
そこが課題ではあるだろうが
あくまでフォルスの側に与しない
ヴィオランスを圧倒的に支持するしかない。
権力者が一番恐れるのは、権力欲のない、純粋なヴィオランスにほかならないだろう。
そしてそれは、集会とかデモとか投石とかである必要は無いし
ある意味、それらはフォルスの側も対策ノウハウを十分持っている手法であって
労多くして得るところは少ないという場合が多い。
消費文明が与えてくれる便利や娯楽を極力相手にせず
こっちはこっちで勝手に楽しくやるぜ
というのが、何よりの第一歩で
これをあっちこっちでみんながやり出したら
まあ間違いなく世の中ひっくり返るでしょうね。
あくまでみんなで楽しむ、損得無しに。
人より多く得ようとか、他人をだまして利用して楽しもうってのは無しね。
こういう人たちがフォルスを生み出す。
大なり小なり一般庶民もこういう欲を持っているから
フォルスはそう簡単に無くなるもんじゃないんだけども
だからこそヴィオランスを手放すことはできないわけで
こうした抵抗のヴィオランスを、「自分とは関係無い」と思って
フォルスの側の論理に乗っかって非難してると
結局は自分で自分の首を締めることになるわけですな。
それが現代の管理・監視社会の息苦しさ・生き苦しさなんでしょう。
あほらし。
あ、「暴力論」最初のあたりでまだ挫折したままなんで
ソレルの書いてることと違ってたらごめんね。
活字を咀嚼するスピードが落ちてるのはトシのせいもあるだろうし
ネットとかで情報得てしまうことに慣れちゃったせいもあるだろうなあ。
うーん、マズい。
まあ、そもそもそんなにアタマ良くないだけだが。

さて、明日は昼間に留学生会館、夜はヲルガン座で
鎌仲ひとみ監督「ミツバチの羽音と地球の回転」上映会。
どっちにも顔出したいが
横シネの「アルゼンチンタンゴ」も、明日見ないと見逃すことになるなあ。
あ、県立美術館の「廣島から広島」もまだ行けてない、、、。
むむむ。
とりあえず寝る。

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