恵比寿大黒屋日記

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zoom RSS 向井千恵即興ワークショップ

<<   作成日時 : 2010/09/25 14:24   >>

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なんだか異様に盛り上がりました

23日に呉のPLAN-Uであった
胡弓奏者でインプロバイザーの向井千恵さんのライヴとワークショップ。
PLAN-Uのオーナー橋本さんからお誘いがあって
急遽ご一緒させていただくことに。
会場セッティングしているうちにあっという間に開演時間が迫り
「ライヴは完全即興ということでいいですよね」
「最初に少しソロで演奏するから20分くらいしたら入ってきてください」
てことで開演。
胡弓即興ソロに、まずは履いてきたゲタの音でコンタクト。
それからキツネ面で踊り出したら
そのうち向井さんも楽器やめて踊り出して
無音の中即興ダンスデュオ。
踊ってる向井さんの波長がいまひとつつかめなくて
自分としてはうまくからみあえていない感じもあったが
そこはそれで緊張感が。
「これ、どこで終わらせたらいいの?」という感じになってハラハラ。
梶山シュウさん、牧瀬茜さんとやってるときみたいに
即興でも自然と波長が合って自然な流れの中でできるのも気持ちが良いけど
こういうハラハラ感もまた即興の面白さ。

それから休憩はさんでワークショップ。
参加者が集まるか不安だったけど、10人以上が参加。
広出身でNY在住の即興尺八奏者KさんやPKAN-Uの橋本さんのような即興慣れした方もいれば
まったく初めてかつ楽器も弾けないという人も何人か。
それと、今回の企画をした広大の学生さんがエレキギターや大正琴で。
名前を書いたカードを向井さんがランダムに選んで
最初は3人ずつの組で10分ずつの即興。
何の説明もなく、3人ずつの組み分けだけ読み上げて向井さん
「はい、じゃあ始めて下さい」^^;
最初の組では即興初参加の友人Kくんが
そこらに置いてある楽器を手当たり次第に鳴らしてみたり悪戦苦闘してた。
私はたまたま向井さんと尺八のKさんという
即興慣れした方との組み合わせになる。
楽器出来ない踊れないという初めての参加者もいて
何か音を出したりしないといけない、どうしよう、と思い込んでたりするだろうと思い
何やってもいいんだよ、ってのをやってみせてあげた方がいいかな、と
ふたりの演奏に合わせて「いやー、今朝の雨すごかったですねー」
と即興トークを始めてみる。
そしたらこれがなかなか興が乗ってきて
胡弓と尺八の音に感応していったら
オノマトペやヴォイス・パフォーマンスをからめながらの
怪しい語り物風に発展していく。
実際に今朝体験したことを話しているだけなのに
夢とも現ともつかぬ、内田百閧フ短編みたいな世界に。
向井さんとのオープニング・ライヴのときより、多分面白いパフォーマンスになった。
次は二人づつの組み合わせで5分ずつ。
私のお相手はまったくの素人男性。
どうするかと様子をうかがっていると椅子に座って文庫本を広げ
朗読するかと思いきやじっと黙読(笑)。
そう来たか^^;
おたおたしながら無理に楽器の音をやみくもに出すよりは
ある意味腹が据わってる。
しかし、丸投げされてこっちが試される形に。
しばし放置して周囲を歩き回りながらパフォーマンスした後
持って来た衣装のワンピースを
この人に着せて、手を取って踊らせてみる。
この日唯一の無音・無言のパフォーマンス。
相手の方もも面白がってくれていた。
次は最初の二人組だけ決めて
あとは自発的に誰かが入ったら一人が抜けるというルール。
即興演奏中に入って床にコップを置いて、立ってペットボトルのジュースをジョボジョボ注いでみる。
ジョボジョボいう音と、床にジュースがこぼれていくのが視覚的におもしろくないかな、と。
キレの悪いおしっこみたいな音に。
ジョボ。ジョボジョボ。ピチョン。
尺八吹きながら橋本さんがからんで
コップの中に尺八の先を突っ込んで吹いたり
入れ替わって入ってきた方が今度は床にこぼれたジュースを
跪いてズルズル啜り出す!
わはは、それ予想外! おもろい!
次に入ってきた人はトイレからトイレットペーパー持ち出してきて
床にあふれたジュースの上にトイレットペーパーを垂らしていく。
その次に地元で演劇をやっているという即興初心者の方が
ネタ切れでやぶれかぶれか「かけまくもかしこき、、、」と祝詞を唱え始めた。
まさか「紙」と「神」のダジャレ?(笑)
だんだんみんな自由になっていって
次は最大同時にやるのは5人までという縛りで自由に入ったり抜けたりのセッション。
客席側からも声を上げたりして、もはや縛りがあるようなないような混沌とした状況に。
最後は全員参加で、唐突にアジテーション始める人がいたり
見学の女子学生も引っ張り出したりのカオス状態。
今日初めて会った見知らぬ者同士が子どものように一緒になって遊び始める。
ああ、おかし。

向井さんは組になる人を読み上げるだけで
説明とか指導とかほとんど一切無しだったけど
それでもみんな自発的にどんどん加わっていくのがいい感じで
初心者の人もわからないなりに試行錯誤してるのもいい。
正解も間違いも無い。
暴れ回って危うく楽器を壊しそうになったり
どう考えてもどん引きなアジテーションを執拗に試みたりと
むちゃくちゃする学生さんの青臭い感じも
最近は妙にマジメでおとなしい学生ばかり多いので
なんだか新鮮だった。
広大が広島市内から東広島の山の中に移転してから
広大生もイキのいいのがいなくなったな〜と思っていたが
まだおったんやね、こういうヤツら。
ちょっと嬉しくなった。
広島市内の方にももっと出てきてくれたらいいのにな。
なにしろ遠い。
工学系の研究室などはともかく、大学はやっぱり街の中にあってほしい。
せめて文系学部は広島市内に残しておいてほしかった。
学生も街に出て多様な人と接していないと世界が広がらないし
街も若くてイキの良い学生たちが闊歩していないと活気がない。

即興だからってむちゃくちゃやればいいってもんじゃないけど
わかんないうちはむちゃくちゃやってみないとわかんないもの。
最近はナニゴトもマジメにハウツーやマニュアルで勉強して挑まないと不安な若者が多いように感じるけど
わからないなりに体当たりしてそこから体で感じて理解していくしかないこともたくさんある。
これにはオトナ(社会)の側が、「合理性」を求めすぎるあまり
学生に「即戦力」を要求するから
学生の側も無駄なく実用的知識や技術の習得に向かわざるを得ないというせいもある。
長い人生を楽しむ術や、社会全体の精神的な豊かさは
しかし一見無駄で無意味な遊びの中にある。
そもそも生きていくということの大半は即興であって
すべてをあらかじめ知っておいたり予定を立てておいたりはできない。
人生を楽しむということは、即興性を楽しむことでもある。
茂木健一郎さんが言われている「偶有性」というのも、それかな。
即興性というのはルールに守られた安全な「遊び」じゃなく
時には生きるか死ぬかの命がけを迫られる「遊び」でもある。

PLAN-Uもいろいろ頑張ってるけど
「なかなか呉では厳しいね〜」と。
なにしろ海上自衛隊の城下町だもんね、、、。
大和ミュージアムに海軍カレー、海軍コーヒー。
海軍ネタしか町おこしのタネがない感じがどうにも閉塞的に見えてしまう。
地元経済もきっと自衛隊頼みなんだろう。
活気があるようにはどうしても見えない。
呉の人たちはどう思っているのかなあ。
呉は戦前からの海軍の町なわけだけど
結局基地や軍隊に頼る経済は戦争が起きないと良くならない。
個人の気持ちとしては戦争に反対であっても
経済的に苦しくなれば戦争を歓迎してしまうムードにならざるをえない。
軍隊がなければどうやって国を守るんだ、と意見もわからんではないが
軍隊があるからそれを維持するために戦争を欲するという悪循環もあるのが現実で
むしろ戦争の大半がそういう理由で遂行されているのが現代の実情なんだろうと思う。
「海軍カレー」なんて、たわいもない町おこしの商品だと思うかも知れないが
「海軍」をネタにするしかない経済状況は、どこかで戦争肯定につながってしまうはずだと思うのだ。
「戦争の時は景気が良かった」と懐かしく思い出す年配の方もいらっしゃるだろうしね。
海外では自国に駐留する米軍基地を無くしたことで経済が活気づいた事例がたくさんある。
基地を誘致して町おこし、なんてまったく根拠がない。
基地があって景気が良くなるのは戦争のときだけ。
しかもそれは世界のどこかで多くの人が殺戮されるのを手伝っていることにもなる。
おまけに敵の攻撃目標にもなる。
呉市民でない私がどうこう言っても仕方ないですが
呉という「場」の持つパワーってこんなもんじゃないよ、多分。
呉にも素敵な人たちがたくさんいる。
自衛隊に頼らなくても町づくりはできると思うし
自衛隊があるせいで押さえ込まれているものがきっとたくさんある。
自衛隊の基地なんか無い方が、きっと呉は楽しい町になるんじゃないかと思うけどな。
PLAN-Uの「U」は「遊」でもある。
せっかくのフリースペース。
呉のみなさん、活用してあげてください。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
どうも、舞台で文庫本を読んだものです。その節はお世話になりました。
私はアマチュアの実験音楽家です。もっとも楽器を持参しなかったし、自己紹介では学生ですとしか言わなかったので分からなかったでしょうが・・・。
ところで、「文庫本を読む」というのは私なりの問題提起でした。一セット目で全体が安易なコールアンドレスポンスの関係にとどまるっているように見えたので。「即興」という言葉がそれ以上明確に定義されていない以上他の可能性もあるとひねくれ者である私は感じました。そもそも形骸化したコールアンドレスポンスに何の意味があるのか、と。
実は私としては決してまる投げしたわけではなくて、音楽的所作としての読書をそれなりに楽しんでいたのですよ。つまりそれは音楽から音楽的な記号も安易なコミュニケーションの可能性も展開も剥奪した行為としての読書です。私としては実にスリリングで、まさに何が起こるかわからない「即興」的状況でした。平静を装いましたが、正直手は震えるし心臓バクバクでした。
はたしてその意図が周囲にどのくらい理解されたかは分かりませんが・・・、最終的には演劇的行為としての文脈で理解されましたね。私は音楽をやっているので、思考もその文脈に従ったもので、あのような形での解決は想定していませんでした。音楽では人の動きまでは操れませんから、音楽家とのコラボレーションではおこりえねかったことでしょうね。それがとても新鮮でした。
T. Watanabe
2010/09/26 03:54
わたなべさん
いやー、そうでしたか。知らぬ事とはいえ失礼いたしました。「音楽的所作としての読書」ですか。私は音楽家でないのでわかりかねる面もあります(否定ではないです。誤解の無いよう念のため。「無音」も演奏の一部であるごとくにそのような「音楽的所作」というものもあるのかもしれませんね。)が、演劇やダンスでも「ただ立ち尽くしている」という表現の仕方もあるので、そのように相対してみるのも面白かったのかもしれません。こちらも意表を突かれてスリリングでした。そういえば、まったくの無音だったのは確かあの組み合わせのときだけでしたね。
つき@しにものがかり
2010/09/27 00:35
確かに音楽に対するアンチテーゼとしての無音の読書という意味合いもあると思います。しかしそれだけではなくて、社会的な理解として読書は音楽行為と認められていないわけですが、あえてそれを音楽だと提言してみることによって、音楽において未だ試されたことのない可能性を探ってみることが出来るのではないか、などと私は愚考するものです。

>まったくの無音だったのは確かあの組み合わせのときだけでしたね。
たしかにそうだったかもしれませんね。
色々めちゃくちゃにやってみるという試みも確かに楽しいものではありますが、ただやってみたというだけになってしまうというか、要素を必要なものだけに絞ってみるというやり方のほうが、意図が通りやすく、豊かなものを生む可能性があるように個人的には思われます。
T.Watanabe
2010/09/28 16:20
そうですね。ただめちゃくちゃやればいいというものではない。あのときは、まったくの初心者もいらしたので、とにかく自由に参加して楽しむことも大事だと思いましたが、「表現者」としては、即興であってもなんらかの意図を持ってアプローチすることは大切ですし、「制限」があってこそ創造性が刺激されるというのはありますね。
わたなべさん
2010/09/30 22:49

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