恵比寿大黒屋日記

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<<   作成日時 : 2011/04/27 23:01   >>

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すいません、ひねくれもので。

「原発なしで暮らしたい100万人アクション in ヒロシマ!」
と題する反原発デモが企画されていた4/24。
私ももちろん、「原発いらねー!」の一人だ。
だから、そのアクション自体を否定する気は無かったし
「多くの人」が意志表示する、ということで
注目や関心を集めるという意味もわかる。
ただ、私は人混みも嫌いなら行列も嫌いなのだ。
「質より量」も嫌いで、数の多さで正義をアピールすることにも
どこかで抵抗感を覚える。
どうしたって「多数」にはなれないマイノリティにだって
生きる権利はあるからだ。
旧態依然とした集会やデモにも魅力を感じない。
労組や運動団体が自分たちの組織の名前を書いた幟を立てて
シュプレヒコールをあげるのは、見ていてゾッとする。
ほとんど身内みたいな「いつもの」顔ぶれの中で
アピール文など読み上げ
「賛同の方は拍手をお願いします。・・・アピールを採択しました!」
とかいう茶番劇も白けてしまう。
(「100万人アクション」のピースウォークはもうちょっと自由な雰囲気だったようです)
道行く人の多くは気味悪がって遠巻きに避けて行くのが
端から見ているとよくわかるし、その反応はよくわかる。
何も、昔から頑張って活動してきた運動家の人たちを
アタマから否定する気は無い。
彼らがいなければ、様々な問題が闇から闇に葬られ
すべては支配層の思うままに行われ、もっと世の中はひどいことになっていたかもしれない。
一般大衆から奇人扱いされようと、地道に活動してきた方には頭が下がる。
それでもやっぱり、もう今時そんな手法で大きなアクションには発展しないでしょ?
と疑問に思わざるを得ない旧態依然とした頭の固さに疑問を感じることが多い。
海外で起こるような何十万人というデモが日本で起きないのは
国民性とか社会構造とかいろいろ要因はあるだろうけれど
アクションを呼びかける側のセンスの無さ
もっと悪く言えば「こっちが正義なのにわかってくれない大衆が愚か」という
傲慢さから来る無策・ワンパターン、もあるような気もする。
先日、高円寺では15000人という
日本では珍しい規模のデモがあった。
主催者側も予想外の人数だったようだ。
これは、主催の「素人の乱」の松本哉さんたちが
何年も前から、バカバカしいと言われながらも
「一人デモ」とか「駅前で鍋パーティ」とか、色んなカタチのアクションを続けてきた成果だ。
普通の人が普通に言いたいことを言う
そしてたくさんの人がそこに集まって
自由にああだこうだ意見を言いつつメシ食ったり酒飲んだり音楽聞いたり演奏したりしたら
普通にそれって楽しいでしょ?
という、当たり前だけど、今の日本社会ではできなくなってしまっていることを
地道に継続してきたからこそ起こったうねりだっただろうと思う。
労組や市民運動の組織を使って人数を動員してアピールする
それも一つの方法としてあっていい。
でも、もっと、自然発生的に楽しく参加できるアクションがもっとあっていい。
広島にはそれがない。
ということで、まあ、私なんかが何が出来るやらわからないし
何も大きな運動など組織する気も無いし
単に既成の動きに乗っかるよりも
自分のやり方で何かをする方が好きだからというだけなんだけど
とりあえずやらかしてみました、広島チンドンゲリラ!
実は、この日の夜にカフェ・テアトロ・アビエルトで
大熊ワタルさんたち「珍多摩5」のライヴが入っていまして
先に触れた高円寺デモでもチンドン部隊で大活躍だった大熊さん
「何かできることがあれば」というお話しがあって最初はこんな企画を進めてきたわけです。
これも、某氏に上手にそそのかされて私が仕切るハメになっただけなんですが。
しかし、ま、いろいろあって大熊さんたちの昼間のアクションへの参加はちょっと難しいということになり
でもせっかく企画したんだから広島の人間だけでも何かやるだけやってみよか
と声かけたところ、20人ほどが集まってくれました。
「100万人アクション」のメイン会場、ハノーバー庭園は大通りに面していないので
アクションに無関心、またはその情報を知らない「道行く人たち」には目に触れない。
集会の後、ピースウォークもあるということではありましたが
まあ、そんなら私らその前に一暴れさせてもらって露払いしましょう
とばかり、にわかチンドン楽団に私は白塗り舞踏
ナゾの反原発寄せ書き衣装のハルコさん
反原発の思いを載せて数人で描いた幅5mの大作絵画を広げた広島市立大の学生さん
ほかを引き連れて集合場所の袋町公演から並木通り
アリスガーデンをまわって本通りアーケードを1往復半練り歩きました。
私は「珍多摩5」ライヴの照明をやらなきゃいけなかったので
ピースウォークには合流できませんでしたが
チンドン部隊の大半はそのあとピースウォークに合流しました。
私らは無届けでしたが、幸い警察のおとがめもなく
途中、アリスガーデンでは見知らぬミュージシャンの若い男性が
私たちを見るや「原発反対!」と大声で連呼し始めたり
平和公園からはナゾの着ぐるみバンドが合流
カメラを持った外国人女性がずーっとついてきて写真を撮り
子どもたちがハメルンの笛吹き男よろしく
怪しいチンドン部隊の後をずーっとついてきちゃったり
反原発の幟を掲げて原爆ドーム前で記念撮影している僧侶さん一行とエールを交わしたり
震災復興支援の募金をしていた学生さんたちともエールを交わしながら
道行く人も面白そうに眺めたり写真を撮ったりしてて
なかなか面白いことになりました。
今月アタマに企画した「反原発花見」の時に知り合った岡山のYさんも来て下さった。
もちろんこんな有象無象、マスメディアに取り上げられたりはしませんし
ま、どんだけアピール効果があったかはわかりませんが
練り歩いた時間と距離を考えれば
本家「100万人アクション」(実数は1000人前後だったようですが)のピースウォークより
結果的には多くの人に「直接」目に触れたんではないかと、後で考えたら。
「今すぐ原発止めなくては!」と切羽詰まった真面目な方々から見たら
フザケた意味のないアクションに思われるのかも知れません。
私も止められるものなら即刻原発止めてもらいたい。
でもね、私は一人の表現者としても、一般市民としても
自由にものが言えない「空気」自体もすんごく問題なんだよね。
一人では言えなくても大勢集まれば意志表示できる、ということも大事だけど
たとえ一人でも「原発なんていらない!」と自由に言えるようにすることも大事で
今は原発に批判が集まっているから、デモにも人が集まるけれど
世の中にはおかしなことは一杯あって
でも、みんななんとなくそれを口に出来ない「空気」の中で暮らしているように見える。
だから、いわゆる「集会」「デモ」とは違ったカタチで
もっと自由に色んなカタチのアクションが起こせるようになったらいいと思うし
どれだけ宣伝しても無関心な人や情報の入らない人はいるのだから
一度に一カ所に大勢を集めるだけでなく
少人数が同時多発的にあっちこっちでアクションを起こすことも
結構効果的なんじゃないかと思う。
そして、なにより、楽しいアクションでないと、関心も持ってもらえないし
やってる方も長続きしにくい。
そしてともかく、なにより自身がヘソマガリ(笑)だし
せっかくやるなら面白いことしたい。
というわけで、
広島チンドンゲリラは、今後も時折出没する予定です。
ちゅうことで
あっちこっちで色んな人が色んなアクション起こしてくれるといいなあ。
今回広島市内最も人通りの多い本通りアーケード中心に
無届けで合計2時間くらい演奏しながらオドリながら練り歩きましたが
別に何のおとがめもございませんでした。
やり方一つで色々面白い方法はあります。
そこらへんは是非「自粛」しないで色々チャレンジしてみてほしいところです。
規制があるからこそ、規制ギリギリを狙って
あるいは規制の裏をかいて何が出来るか
これを考えるのも面白いですよ。
だいたい、デモってのは普通「反体制」のアクションなわけで
それを明らかに「体制側」の組織である警察に届け出て
警察に警備してもらうってこと自体、本来はおかしな話です。
あ、でも器物破損とか傷害沙汰とかはなるべく起こさないようにね(笑)
警察に警備してもらわなくても、そのくらいちゃんと自覚してやりますよ、ってね。
それから、数の論理は好きでは無いし、政治にも期待なんかしちゃいないけど
やっぱり多くの声が表に出れば政策に影響するのも確か。
「原発って危ないんじゃない?」「なくても大丈夫なんじゃない?」
と思っている人はたくさんいらっしゃると思うので
デモ、署名等も、無駄だと思わずに参加してみて下さい。

ああ、それから
Twitterやってて感じるのは
ネットの世界も案外狭いってことでね。
私のTwitterのタイムライン上では
都知事選「石原今度ばかりはもうダメ」という空気だったんですが
ふたを開けてみればやっぱり圧勝でガックリだったり。
原発問題にしても、一歩街に出るとTVや新聞の情報の方が圧倒的に影響力が強いのを
ひしひし感じます。
「原発無くしたら電気が足りなくなる」って
きっと大半の人が信じているんでしょうね。
でも電気は余ってます。
少なくとも中国電力管内は十分余ってて
関西電力に電気を売ってます。
稼働してない火力・水力発電所もたくさんあります。
バカバカしい無駄な電力の大量消費をやめて
自然エネルギーを少しずつ増やせばまったく問題なし。
原発やめたからって、いきなり江戸時代に戻るわけじゃありません。
わざわざあんなリスクの高い原発に頼る必要ありません。
でも電力会社や原発メーカーがスポンサーについてるTVや新聞は
なかなかそういう報道してくれないんだよね。
やれやれ、どうしたもんか。

あ、そうそう。
5月4日の19時より
カフェ・テアトロ・アビエルト(JR可部線上八木駅すぐそば)にて
東北被災地へ行ってこられた劇団「野戦之月」の桜井大造氏と
福島原発近くまで言ってきた写真家上杉知弘氏による
現地報告会を開きますので
よろしかったらおいでください。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 
お初じゃないけれど、お初でございます。

同時多発デモンストレーションはやりたいですねぇ。(だいたいデモって略すから日本風に錆びるんでしょう。あくまでデモンストレーションですから、パターン・空間利用は自由ですわ。)
オイラ、ダラダラ歩くの好きじゃないし。トイレ行きたくなるし。


目的地の周りには高い素敵なビルが生えてるし。


糞真面目に峠三吉に学ぼうとかブッコイテ、デモ案の超参考にさせて頂いても祟られやせんと思うし。


オイラ、リアルタイムでは知らないのですが「ハイレッドセンター」なんて振り返る方いないのかなぁ。



とりとめもなく失礼いたしました。ストリップ絡みは興味津々です。


いつか、また。
山猫
2011/05/02 00:57
山猫さま

ハイレッドセンターですか。
生まれる前のことなんで実際どういう雰囲気だったのかは
知りませんが、そんな動きが出てくると面白いですね。
先日、渋谷の岡本太郎の「明日の神話」に
上手に原発事故の絵を付け足した人がありましたが
なかなか痛快でした。
芸術家があまり政治運動に深入りするのもどうかという気はしますが
あまりに社会問題にコミットしなくなっているのも問題ですね。
芸術は「生きる」ことに直結しているわけだし
また「表現の自由」ということにももちろん関わってくる。
デモや市民運動も大切ですが
アーティストはアーティストの立場と方法を武器に
また別のカタチで社会にコミットし
アートそのものを脅かす「イノチ」や「自由」への圧力に
様々な形で立ち向かう必要があるでしょうね。
そこが「アート」と「アート気取りの『商品』」
「アートと錯覚した『自己実現』『自己陶酔』」の分かれ目でもあるはずです。
つき@しにものがかり
2011/05/07 11:01

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