恵比寿大黒屋日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 石原岳さん広島3Daysライヴ&トーク そのほか

<<   作成日時 : 2012/05/23 22:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

ご来場のみなさま、ありがとうございました。

先週16日から、石原岳さんのライヴ&トークin広島。
沖縄巡業中に石原さんと知り合った楽市楽座さんから
広島公演の受け入れを持ちかけられ
お会いしたことは無かったものの
高江からヘリパッド建設問題をツイートされていたので
以前からTwitterではフォローして知っていたこともあり、即受諾。
5/17は呉、ザンパノカフェ。
呉駅で岡山から移動の石原さんと落ち合ったところに
この日ゲスト参加のガンジー西垣さんもご到着。
広島は初めてという石原さん
集客が心配だったけど、ふたを開ければ満員御礼。
最初に松崎純一(サックス)、マツザキメグミ(シタール)、私(オドリ)のセッション。
それからシャリバリ地下大学の行友ガクチョーとぞんび上村くんをまじえて
石原さんのトーク。
それから、石原さん、ガンジーさん、keta raくんでのセッション。
石原さんも大量のエフェクターを使用するのでセッティングに時間がかかるが
keta raくんも音に連動してライトが光るシステムとかいろいろ構築するので
これまた時間がかかる。
開場前は間に合うのかちっとヒヤヒヤ(笑)。
でも、3人フィーリングが合ってて気持ちいいセッションだったなあ。

翌日はライヴは無し。
私は昼間仕事だったので、東琢磨さんに石原さんのガイドをお願いしたら
結局原爆ドームだけであとは土橋のお好み焼きでずっとビール飲んでたらしい^^;
夕方から東さんとバトンタッチ。
私は広島音楽界に顔が広くはないので
kobaにでも連れて行ったら誰か知り合いとつながるんじゃないかな、と思い、kobaへ。
kobaで話をしてるうち、石原さんが
昔、那覇でお店をやってたとき
雨の中夜中にパチンコ屋の軒下で雨宿りしている3人の若者を見かけた。
そこで、1500円で泊まれるゲストハウスがあるから紹介してやろう
というと、20歳にも満たない若造が「そんな金あったらこんなとこいないですよ!」といきがるので
自分の店のカードを渡し、「ここで店やってるから泊まるところが無かったら来い」と言ったら
案の定後から店にやってきて、まったく金持ってないのでしばらく世話してやった
それが広島から来てた子だった、という話になった。
そしたら、kobaのBOMちゃん、「そいつ、オレ知っとるよ! 連絡先もわかるよ!」
てなことで、めでたく10数年ぶりの懐かしい再会、という嬉しいハプニングが。
ふらんす座のライヴ後と、広島を離れる前日は彼らに朝まで「歓待」されて
石原さんもだいぶん飲まされたみたい。

てことで19日はふらんす座。
今月からスタートの、ふらんす座トークショー・シリーズ第1回目。
高江の映像を観ながら、高江の暮らしと自然の話
そして米軍ヘリパッド建設問題のお話。
後半、ガンジー西垣さんとのセッション、これまたええ感じ。
気がつくと、ガンジーさんのオツレアイの二階堂和美さんもひょっこり客席に。

20日は追加公演で、カフェ・テアトロ・アビエルト。
長らくカフェ営業はお休みしていたアビエルトですが
2年前から出入りするようになった若い人たちが今月からカフェ営業をすることに。
この日はオープン記念も兼ねてのライヴ&トーク。
市大の学生さんが結構来てくれていて
若い人たちに高江の話を聞いてもらえたのはよかった。
ライヴは、17、19日のライヴではセッションだけでソロが無かったので
前半是非にとソロ。
17、19のセッションでは優しい感じの演奏になったけど
ソロでは轟音ノイズもまじえて。
後半は松崎夫妻と私に、チャングのいさじ章子さん、華道家の羽鳥智宏も加わってのセッション。
ソロもセッションもいいパフォーマンスだった。
話には聞いていたけど、石原さん、なかなかに奥の深いミュージシャン。
またどこかでライヴを聞きたい。
もちろん、高江にも行かなきゃ。

石原さんのお話で印象に残ったのは
「施主」の例え。
家を建てるとき、普通は自分では建てられないので、専門家である大工さんにお金を払って委託する。
その時、「施主」は、こういう家にして欲しいと大工さんにリクエストを出す。
建てている途中に、お願いしていた図面と違うものを建てていたら
当然、どうしてこうなるのか、と聞くはずだ。
そのとき大工さんが、ここはこういう理由で
例えばトイレの位置はここではこういう不都合があるからこっちに作りますよ
という納得のいく説明があれば
施主は「さすが専門家だ」と納得して任せることが出来る。
しかし、何の説明もなく、こうしたいからこうしたんだよ、と言われても困る。
説明もしない、できないなら、後で不都合が生じてもかまわないから
お願いしたとおりに作って下さい、というのが当たり前であろう。
私たちが税金をはらって、政府や行政に様々な仕事を委託するのも同じことではないのか。
私たちは、私たちが暮らしやすくなるよう、専門家に税金を払って業務を委託している。
政府や役人が、何の説明もなく変なことを始めたら
私たちは「施主」として、きちんと説明を求める権利があるし
納得いく説明がなければこれを拒否する権利もある。
途中で何も言わず、理由も聞かないなら、後で何を言っても後の祭りになる。
という話。
それから、トークをした後でよく、「大変ですね。高江には行けないけどがんばってください」と言われる。
気持ちはうれしいけど、でも、ちょっと待って、と言いたい。
高江に来たくても来れない人がいるのは当たり前で、無理に来て欲しいというわけじゃない。
そうじゃなく、高江だけじゃなく、誰の身の回りにも同じ根っこを持った問題がありますよ、と。
それに気づいて、知って、考えて、行動して下さい、ということ。
また、高江での運動では、仲間を責めたり、無理強いしたりすることはやめよう、と決めている。
それは運動の最初の頃、誰もがピリピリして、精神的に苦しくなったり
人間関係が悪くなったりした経験から、それでは何のために運動しているのかわからないし
長続きもしない。
だからなるべくみんなで気遣いながら、やれることをやれる人がやる
そしてなるべく楽しくやることにしている、ということ、など。
SLAPP訴訟を起こされていることなど含めて
高江の運動は祝島の原発建設反対運動とよく似たところがあるけれど
祝島の人たちも、なるべく楽しく暮らしながら、出来る人が出来ることをやってという形で
30年にわたる建設阻止を実現してきた。

さて、そんなこんなで石原さんが広島を旅立って次の公演地山口へ向かったと思ったら
そのすぐ先の北九州市では震災瓦礫の「試験焼却」が強行され始めた。
市役所に大勢の市民がつめかけて説明を求めているが、市長は姿を現さず
明確な説明もしようとしないようだ。
焼却が行われる工場では、体を張って阻止しようとする人びとが集まっていたが
警察のバリケードに排除され、逮捕者も出たようである。
私は基本的に瓦礫の広域処理には反対であるが
震災瓦礫の処理にはいろいろな問題があるので、アタマが痛い。
まず、瓦礫はどの程度復興の妨げになっているのか。
地元で処理できる量をそんなに超えているのか。
岩手や宮城あたりの瓦礫はどの程度汚染されているのか等々。
南相馬では、防波堤を作るために瓦礫を使いたいと申請しているのに許可が出ない
と市長が訴えている。
他にも、地元で処理すれば雇用につながって復興の手助けにもなるのに許可されない
という話も聞く。
恐らく政治家・役人とつるんだ大手ゼネコンが受注して
東北の地元業者にまわってこないのだろうと想像がつく。
輸送コストだけでも見合わないと思われる北九州での瓦礫処理も
そのような利権構造の中で決められているのだろうとしか思えない。
市長が明確に説明できずにいるのもそのためだろう。
ちなみに、あまり指摘されてないように見受けるのだが
南相馬市長の言うように、瓦礫で防波堤を作る場合
瓦礫が放射能汚染されているのであれば、それは海洋汚染につながるのではないのだろうか?
ということで、汚染の度合いということがまたやっかいな問題だ。
放射能汚染された廃棄物は拡散してはならない、というのが国際的な大原則のはずである。
しかし、被災地以外でビルを解体したら
恐らくその瓦礫からも放射線は検出されるだろうと思うが、いちいち線量計ったりしていないだろう。
ゼロというのはもはやあまりに現実味のない数字である以上
どこかに「ここまでは許容範囲」という数字を設定せざるをえない。
ただ、その基準自体が曖昧な上、政府の定めた「暫定基準」は国際的な基準からははるかに大甘で
その上、数値を実際より低く見積もっているフシが濃厚に見受けられる。
それはそれで大問題なのだが
今回北九州に運ばれた「石巻」の瓦礫は一体どの程度の汚染なのか。
それが焼却されることによって、どの程度空気中に放出され
焼却灰ではどの程度の濃縮となるのか。
そのことを一切納得できるような説明が無いまま
頭ごなしに強行されていることは、やはり看過できない大問題だ。
そもそも「試験焼却」というのは、何のためにどういう「試験」をしているのか。
「試験的に焼却してみましたが、周辺はかなり汚染されました」
と後から言われても、一体その責任は誰が取るのか。
逃げ回っている市長が責任を取るとは到底思えない。
また一方で、「東北の瓦礫」とひとくくりにすることで
それを拒否することが、東北の人たちの気持ちを少なからず傷つけているであろうことも想像がつく。
放射能汚染を心配して西日本に逃げてきた被災者からすれば
せっかく安全だと思って辛い思いをして逃げてきたのに、今度はどこへ行けばいいのか
と不安に思っていることだろう。
瓦礫処理をめぐる是非が、避難者と地元の間で軋轢を起こしたり
ここまで再稼働を食い止めてきている反/脱原発運動の中に亀裂を生んだりという問題もある。
本当に厄介な問題だ。
こうして北九州の瓦礫焼却のことを考えていたら
六ヶ所村のことが思われてきた。
そうだ、今、私たちは放射能汚染「されているかもしれない」瓦礫の受け入れに
これほどピリピリ神経を尖らせているのに
「使用済み核燃料」という名の「核のゴミ」そのものを
青森の一地方に押しつけたまま知らん顔をしてきたのだ。
瓦礫の受け入れを、「絆」だと美化する人たちは
使用済み核燃料も日本中で分担して保管し、処理すればいいと考えているのだろうか。
瓦礫の受け入れに反対している人のどれだけの人が、六ヶ所村のことを考えているだろうか
(私も今日、ふっとそこにつながったのだが)。
考えれば考えるほど厄介な問題であり
瓦礫の問題だけでも、まだ考えれば考えるほどキリなく問題点がわき出てくる。
私たちはこの先まだ何十年、何百年と、この問題とつきあっていかなければならない
(しかし、問題は311で突然起こったわけではなく
今までも別の形で目の前にあった問題を、見ぬふりして先送りしてきた結果がこれである)。
確実に言えることは
このような深刻な状況を生み出したのはむやみに54基も作ってしまった原発のためであり
すでに生じている放射性廃棄物だけでも、安全に処理できる目処はまったく立っていない。
ならば、すくなくとも、これ以上、放射性廃棄物が増加するようなことはすべきではない。
原発再稼働などはありえない話だということだ。
そして、元凶は単に原発だけにあるのではなく
原発というものを産みだし、受け入れてきた人間の思想と生き方そのものなのだ。
ああ、もう本当に。
原爆慰霊碑に「過ちは繰り返しませんから」と刻んだ私たちは
なんという愚かな過ちを犯してしまったのだろう、、、。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
石原岳さん広島3Daysライヴ&トーク そのほか 恵比寿大黒屋日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる