恵比寿大黒屋日記

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<<   作成日時 : 2012/02/18 20:25   >>

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どうでもいい雑文です。

午前中携帯電話に着信がある。
間が悪く
ちょうどツレアイが掃除機をかけていたので気がつかなかった。
留守電が入っていたので聞くと郵便局の宅配である。
気の弱そうな中年男の声で
「配達時に不在だったため預かっている配達物の保管期限が今日までである」
ことを告げる。
え、今日まで?
不在票。
そういえば数日前、玄関にそれらしいものがはさんであった気がする。
家を出るときに見たんだろう。
確か急いでいたのでそのままにして出かけた。
帰ったらもう無かったので
オイラはてっきりツレアイが受け取ったのだろうと思っていた。
しかし、そうじゃなかったらしい。
不在票がどうなったのか
風でどこかに飛ばされたのか
ツレアイが取り込んでそのまま忘れてしまったのか定かで無い。
かかってきた番号に電話をかけると女性がでてきた。
留守電の内容を話すと
不在票に書かれた番号がわからないかと言う。
わからない。
わからないと、電話をかけたのが誰なのかすぐにわからないという。
調べてかけなおしてもらうことにする。
担当に中年男性が電話をかけてきたのは
これまた間の悪いことに、ちょこっとコンビニに買い物に出て
レジで支払いをしている最中である。
支払いを終えてからかけ直してもよかったが
先ほどの対応から考えると
また別のひとが電話に出てきて
誰が電話したか調べてかけなおします
という繰り返しになりそうで
そんなバカバカしい行き違いを繰り返すのも面倒だと思い
支払いをしながら電話に出る。
片手に携帯、片手に財布、唇に火の酒、背中に人生を、、、。
中年男性氏
今日の再配達は今からだと2時から4時、4時から6時、それから6時以降になるという。
2時から散髪の予約を入れていたが
4時以降は出かけることも考えていたので
まあ、自分が不在でもその時間ならツレアイがいるから大丈夫だろうと思い
2時から4時の間で再配達を頼む。
そこで散髪に出かける前に配達が来ることをツレアイに言うと
ワンコがおしっこに行きたそうにしてるから、もしかしたら散歩に出るかもという。
どうしても行きたがったら仕方ないけど
できたら散髪から戻るまで家にいてほしいとお願いして散髪に行ったのだが
私の不在中にワンコは我慢できなくなったらしく
ツレアイは念のため自分の携帯番号を書いた紙を玄関に貼って散歩に出たらしい。
そしてまたも間の悪いことに郵便配達はその二人とも家を空けたタイミングで来るのである。
もう10分早いか遅いかすれば家にいるのに。
ツレアイの携帯に電話がかかる。
すると配達は電話で
「なんだったら玄関に挟んでおきましょうか」
・・・
ツレアイ「???、、、え、サインとかいらないんですか?」
配達「ええ、ただのお届け物なので」
・・・
だったら最初からそうしろよ!
そして第一に
電話できるなら保管期限当日じゃなく
もっと早く電話してきたらどうなんだ?
これがヤマトや佐川なら、ちゃんと最初の配達の時に電話してきて
そこで連絡がつけば配達時間を指定して持って来てもらえる
(というのが頭にあったので「後でいいや」と放っておいたというのはある)。
配達物のサイズが郵便受けに完全に入りきらないから
ただ挟んでおくだけだではみ出した状態だと不用心、というのは分かる。
しかし、こうして電話でやりとりして
「挟んでおいてもらえばいいですよ」
で済む話なら
最初に配達に来たときそうしてれば良かっただけではないか。
不在票を挟んでおいたからといって
保管期限の日まで何日も連絡せず放置しておくのは
はっきり言って郵便局、怠慢じゃないのか?
まあ、不在票を見つけたときにすぐ確認しなかった自分も悪いし
客が過剰にサービスを求めすぎるのもいかがなものかと思う部分もある。
無事に品物は受け取ったので特に怒っているわけでもないんですけどね。
ではなんでわざわざBLOGに書いているかというと
郵便局のサービスの悪さより
この中年男性氏の「間の悪さ」が
ひとつひとつはささいなこととはいえ、ことごとく連続してというのが何なのか、と。
こういう気の利かない鈍くさい人というのは
往々にして間の悪いタイミングを招き寄せるものかもしれないと
いちいちの電話や配達の偶然のタイミングの悪さに思ってしまったからである。
いや、ほんと、たまたま偶然と思えばそれまでなんだが
しかし、そういうことはあると思っている。
気の利く、配慮のある人というのは
「なんとなく」であっても、結構タイミングをはずさないものではないだろうか。
例えば、事故などもそうである。
客観的に考えると
誰であっても避けようがない偶然の事故というのはある。
しかし、やはり普段から気の利く人、自己防衛本能がまともに働いている人というのは
「なんとなく」危機を察知して無意識に事故を回避していて
何も考えていない、警戒感や危機感の欠如した人というのは
まるで招き寄せるかのようにピンポイントで事故に遭遇してしまう。
明確な根拠など示しようもないけれど
そういうことはあると思っている。
人と人との出会いも
すべてを自分の意志でコントロールできないもので
いつどこでどんな人と出会い、知り合いになるかは完全に計画することはできない。
偶然の出会いの積み重ねによって
その人を取り囲む人間関係が形成され
その影響によって自分自身の性格や価値観も変化していく。
しかし、このとき、やはり本人の意識の持ち方次第で
出会う人の質や傾向はある程度決まってくるのだろうと思う。
よりによって、と思うようなろくでもない人間とばかり出会って
本人の努力とは裏腹に人生の坂道を転落していく人
逆にピンチが訪れるたびに不思議といい出会いがあって救われ
持ちこたえることが出来る人
そこには、偶然だけでは済まされない何かがある。
目には見えないけれども
その人自身の普段の心がけや考え方ひとつで
自分を損なう人や物を自然と遠ざけ
自分を助け伸ばしてくれる人や物との縁を呼び寄せる
そんな気がする。
いや、それはきっと確実にある。
ただ、人はみな十人十色で
誰がどういう人と出会い、親しくなればモノゴトが好転するか
あるいは逆にどうしようもない泥沼に足を踏み込むか
また
自分にとってプラスになる人との出会いを呼び込むには
どうすればいいか
というようなことは、多分一概には言えないのである。
それは人それぞれで、同じでは無いはずだ。
これを、「こうすれば良縁が得られる」などと人に勧め出すと
たとえ本人に悪気はなくとも、失敗する場合がある。
自分がうまくいったからといって
同じ方法が他人にも当てはまるという根拠はどこにもない。
そんなものがあれば、とっくの大昔から世界中の人がやっている。
これを、わかっていて確信犯でやっているのが
現世利益をうたい文句にする新興宗教や啓発セミナーの類であろう。
純心に信じている方には申し訳ないが
これは詐欺である。
ペテンである。
人間は一人一人、みんな違うのである。
すべからく誰にでも効き目のある万能の方法やおまじないは無い。
だからその方法は、それぞれが自分で自分に合ったものを見つけるしかない
(これは「健康法」や「体に良い食べ物」の類でも同じだ)。
答えは他ならぬ自分の中にある。
容易ではないが、それは自分自身と向き合って
自分で自分の中から見つけ出すしかない。
本物の宗教、本物の「啓発(そんなもんがあるなら)」は安易に「正解」を教えない。
そんなものは無いからだ
(よって、しばしば「難解」であったり、矛盾(と思えるような言い回し)があったりする)。
まして「マニュアル」など売りつけたりはしない。
「本物」が教えてくれるのは
それをそれぞれがそれぞれの中から見つけ出す
その方法
いや
せいぜい方法のヒントくらいかもしれない。
それを「不親切だ」と思ってはいけない。
その不親切さ、難解さこそが
安易なマニュアルに頼って道を誤らないための最大限の優しさであり賢明さなのである。
と、オイラは思う。
というわけで、郵便局のサービスの悪さも
便利なサービスに頼るなよ、という「親切」なのだと思うことにする。
、、、わけないか。

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