恵比寿大黒屋日記

アクセスカウンタ

zoom RSS まじめに

<<   作成日時 : 2012/07/29 19:10   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

語ってしまいます。

最近はBLOGの更新頻度が落ちているため、アクセス数も激減しているのですが
前回のBLOGは今見たら突如大幅UPしてました。
あらためてストリップのパワー恐るべし。
広島第一劇場でお会いした常連さん、追っかけさんたちが
前回のBLOGのことを話しかけてこられるのでちょっとビックリしました。
ストリップ専門BLOGにしたらめちゃくちゃアクセス増えるのかもしれません。
しませんけど(笑)

しかし、今回はファンの多い踊り子さんばかりだったからでしょうが
広島第一劇場にしては連日盛況で、毎日予定時間をオーバーしまくってました。
いつもこれくらい入ってくれれば
「第一劇場、いつまであるかなあ、、、」と心配しなくていいんでしょうけど。
でも、まだまだストリップ、捨てたもんじゃない、とも思わせられましたね。
いい踊り子さんが増えて、営業努力をすれば、お客さんはもっと来てくれるんじゃないかな。
今回も、初めて観に行くという知り合いを何人かご案内しましたが
みなさん喜んでおられました。
前回も書いたように、ストリップ=いかがわしい、不潔、不道徳
といったイメージを持たれている方は多いですが
だいたいお連れした方は一様に「思いのほか健康的で楽しいところ」と言われます。
そして、踊り子さんの真剣なショーとお客さんへのサービス精神に感動し
和気藹々としたお客さんの雰囲気にも驚かれます。
これ本当の話。
見たこと無い方は偏見を捨てて一度見に行かれたらいいと本当に思います。

それにしても7月はなんとも濃厚でした。
「ホシハ チカニ オドル」広島公演からカルチュラルタイフーンを経て
ストリップ強化週間(笑)。
おかげでこの間盛り上がりを見せていた脱原発デモにも行けず
動向を見守るだけでしたが
私の中ではストリップも含めて、チョッケツしたもう一つの闘いだという思いはあるんですよ。
デモは「シングルイシュー」戦略と
徹底して警察との衝突を回避する主催者の誘導のおかげでここまで大きくなったのだろうと思います。
今まで声を上げることの無かった、声なんかあげても無駄だと思っていた人たちが
こうして直接的な抗議の場に参加するようになったことはひとつの前進ではあろうと思います。
マスコミの論調にも多少の変化はあるようです。
ただ、結果として大飯原発の再稼働を止めることが出来ず
新しく発足する原子力規制委員会の顔ぶれなど見ても
原発を推進する腹黒い連中はまったく堪えていないように見えます。
また、「原発を止める」という目の前に差し迫ったひとつの問題の
その先をどうするのかというヴィジョンがどこにあるのかまったく見えて来ないということも心配です。
原発だけでなく、オスプレイと米軍基地
原発問題に隠れてあまり関心にのぼっていない間にどんどん進められているTPPや秘密保全法など
「シングルイシュー」ではどうしようもないくらい根腐れしてしまっているのが現実のように思われます。
そういう中で、地味にではあっても
様々な問題を関連づけながら普段はあまり接点のない分野の人が交流し意見を交わすことのできる場として
カルチュラルタイフーンのような試みは大切だと思います。
「ホシハ チカニ オドル」は、これは手前味噌になってしまいますが
原発事故のことを中心にしながら
原発問題に限らず、「死者」を媒介にしながら、過去と未来をつなぐ作品であろうと思います。
ここでは問題を具体的にどう解決するか、ではなく
人間がどうしようもなく抱え込んでいる様々の問題の中で
それらと直面しながら一人一人が、自分の生きているその場所でどう生きていくか
そういう部分に光を当てているのではないかと思います。
ストリップには、観に行くこともなくただ「いかがわしい」と偏見を持っている人には理解不能なことかもしれませんが
私などは非常に考えさせられることも少なくない「芸能」のひとつです。
これは自分が、芸能や表現の世界の、それも周縁あたりに生息しているせいだとは思いますが
そこにはメジャーな芸能産業が失ってしまった
芸能の持つ本来的なパワーが残っています。
それがこの先の私たちの社会になんらかのカタチで残って活かされていくのか
それとも効率主義、市場原理主義、個人主義、拝金主義、管理社会の奔流に押し流されて
消え去ってしまうのか
私にとっては非常に興味深く、また危機感を抱いているところです。
たとえば、ちょうど今、オリンピックが開催中ですが
スポーツの世界もTV中継や経済効率の都合が優先されて
ルールが変えられてしまうということがしばしば起こっています。
それは、その競技の持つ意味を根本的に変えてしまうことにもなります。
また、大阪の橋下市長が、またぞろ文楽に対する的外れな批判を繰り広げています。
無論、伝統芸能も時代に合わせた変化は必要です。
それがなければ現在まで残ってはいなかったはずで
文楽にしたって江戸時代そのままのカタチで上演されているわけではない。
かといって、むやみに大衆迎合的に節操のない改変をやってしまえば
まったく違うものになってしまい、本来持っていた良さや意味を失ってしまうことになります。
TVがつまらなくなったのは結局そういうことでしょう。
視聴率至上主義で大衆迎合していった結果
本当にレベルの高い良い番組を作ろうとするプロデューサーやタレントがいなくなり
刹那的な薄っぺらいウケ狙いと、タレントの使い捨てばかりやっている。
面白い番組など作れなくなるのは当たり前です。
そういうことが、TVだけでなく、あらゆるところで進んでしまっていて
日本人全体の「人間力」が低下してしまっているんだろうという印象があります。
この「人間力」は学校の成績が良いとか、仕事が効率的とか、
酒も煙草も女遊びもやらない健康的な生活とか
そんなこととは次元の違う力です。
一見、だらしなかったり、不道徳だったりする中に
逆境でも簡単にはへこたれないしたたかさがあったり
誰も思いつかなかったような自由な発想が生まれたり
ひとりひとりは凡庸であっても
お互いの足りないところを上手に助け合って社会生活を維持していく知恵であったりします。
恐らく80年台以降、急速に市場原理主義と管理社会化が進行し
そういう「人間力」が失われていったように思っていますが
いわばそういう社会のひとつの象徴である原発が取り返しの付かない事故を起こしてしまった
311以降の社会の揺らぎの中で
そのおかしさに気づいた人が増えているだろうと思う一方
市場原理と管理社会を推し進めたい側の連中も、なりふりかまわずやっきになっているように見えます。
そういう中で、目の前の喫緊の問題を解決すべく
シングルイシューで直接行動をすることも必要な一方で
現実には短期間で社会がいっぺんにひっくり返るという可能性はほとんどないわけで
この先の社会をどうしていくか、この困難な時代をどう生きていくか、という
長い目で考えた、地道な活動も不可欠だということを強く感じます。
それは一見すると、取るに足らないバカバカしい行為に見えたりもします。
今の脱原発デモの重要な仕掛け人のひとつである「素人の乱」も
以前は誰もデモなどやっても無駄だとバカにしていた中で
「一人デモ」「家賃をタダにしろデモ」「駅前路上で勝手に鍋パーティ」といった
バカバカしいことを繰り広げてきました。
でも、これが「誰でも気軽にデモやっていいんだ」「言いたいことがあれば言っていいんだ」という空気を
徐々に作って行っていたことは、現在のデモの拡大に少なからず影響しています。
まあ、私が広島で「ストリップはいいよ、一度観に行ったらいいよ」と勧めてまわって
世の中が良くなるのかどうかわかりませんが(笑)
別に劇場に雇われているわけでもない私が
何の経済的利益も無いのに個人的に勝手にこんなことやっているのは
結構本気でそれが世の中にとって大事なことのように思っているからなのです。
カルチュラルタイフーン2012広島の番外編として
「広島文化台風」という一連のイベントもまだ進行中で
映画の上映や音楽のライヴなど繰り広げていますが
私の中では「広島文化台風」と銘打ってはいないものの
ストリップへのお誘いも気持ちの上では「広島文化台風」の一環です。
「文化」というのは高尚な「お芸術」をありがたく拝見・拝聴するようなことじゃない。
まし無菌パックされた商品の中にあるわけではない。
日々の人間の営みそのものが「文化」であり
それは「いかがわしい」ものも含まれるし
得てして「悪所」といわれるようなところに営々と育まれているものなのです。

いやいや、しかし何だか真面目なことを書いてしまった。
このクソ暑い中でこんなもの読む人がいるのか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
まじめに 恵比寿大黒屋日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる